ニュースの概要
トレンドマイクロは10月19日、日本の組織を対象にした「Japan Cyber Resilience Initiative」を発表した。AI時代の攻撃に備え、サイバー防御の強化に最大100億円を投じる計画である。重点は、重大なリスクの削減、防御態勢の近代化、組織のレジリエンス(=被害を受けても事業を続ける力)の向上の三つだ。同社の脅威調査によれば、2026年1月から9月に公表されたサイバーセキュリティ関連のインシデントは607件に達し、2025年通年との比較でも高い水準にある。攻撃の増加を受け、ベンダー自身が資金を拠出して国内の守りを底上げする構図が鮮明になった。
引用元: トレンドマイクロ、日本のサイバー・レジリエンス強化に最大100億円を投資(Trend Micro)
分析・見解
予防一辺倒から、立ち直る力へ軸足が動いた
トレンドマイクロの計画は、最大100億円を日本の防御強化に充てるものだ。柱は三つある。重大なリスクを減らすこと。守りの仕組みを新しくすること。被害を受けても事業を続ける力、つまりレジリエンスを高めること。注目すべきは三つ目である。侵入を完全に防ぐのは難しいという前提を、ベンダー自身が公に認めた形だからだ。かつての売り文句は「入れさせない」だった。今は「入られても止まらない」に重心が移っている。
公表されただけで607件、一日に二件を超えるペース
同社の調査では、2026年1月から9月に公表されたインシデントは607件だった。九か月はおよそ273日なので、平均すると毎日2件ほどが表に出ている計算になる。しかもこれは公表された分だけだ。公表を控えた事案や、まだ気づかれていない侵入を加えれば、実数はもっと多いと見るのが自然である。AIは攻撃側の道具にもなる。違和感のない偽メールの作成や、弱点探しの自動化が進み、攻撃を始めるための手間と知識が減っている。件数の増加は、この敷居の低下と無関係ではないだろう。
大型投資の価値は、配分先と成果の見せ方で決まる
ベンダーの投資には、自社製品の拡販という側面が必ずある。それ自体は悪いことではない。ただ、読む側は金額より中身を見たい。専任の担当者を置けない中小企業や自治体に、支援は届くのか。無償なのか、割引なのか。成果は検知件数や復旧にかかった時間など、数字で公表されるのか。啓発や支援の取り組みは、対象を絞って結果を測るほど続きやすい。今回も同じ基準で評価するのが妥当である。
防御は「買うもの」から「訓練するもの」へ
ここで一つ、独自の見方を示したい。セキュリティ製品は火災保険に似ている。被害額を減らす助けにはなる。しかし防火訓練がなければ、火事の最中に誰も動けない。レジリエンスの正体は、連絡網、復旧の手順、誰が止める判断をするのかという取り決めの総量である。資金がツール提供に偏れば、この地味な部分が抜け落ちる。演習や手順づくりの支援まで含められるかが、取り組みの質を左右する。他社が同様の動きに出れば、日本市場では支援の競争が始まる可能性もある。
ビジネスへの影響
自社の「止まってはいけない業務」を先に決める
まず、事業のどこが止まると困るのかを書き出したい。受注、出荷、請求、顧客対応など、止められない業務を三つ選ぶ。次に、それぞれが何日止まると損失が限界を超えるかを、現場と一緒に見積もる。ベンダーの支援策が出ても、この整理がなければ何を頼むべきか決められない。必要なのは半日の会議と一枚の表だけで、費用はほとんどかからない。経営層が自分の言葉で優先順位を語れるかどうかが、実際の復旧の速さを左右する。
支援策を使う前に確認したい三つの問い
第一に、無償か有償か、期間はいつまでか。第二に、提供されるのは製品だけか、設計や演習の支援も含むか。第三に、特定製品への乗り換えが条件になっていないか。条件次第では、支援終了後に費用が膨らむ落とし穴にもなる。契約前に、終了後の費用と、データを他社へ移せるかまで確認しておきたい。無料という言葉だけで判断せず、三年後の総額で比べるのが安全である。
年内にできる低コストの備え
並行して、基本も固めたい。復旧用のデータを、通常のネットワークから切り離して保管する。復旧手順を紙でも持つ。連絡先一覧を最新にする。年に一度、システム停止を想定した机上訓練を行い、経営層も参加する。判断の遅れという弱点は、訓練でないと見つからない。607件という数字は、自社が当事者になる確率が決して低くないことを示している。